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翻訳者としての第二次世界大戦(アメリカ高校留学)

みなさん、こんにちは。昨日に引き続き、日本学者ドナルド・キーン氏についてお伝えします。今日は第二次世界大戦時のお話です。

第二次世界大戦

1941年12月7日の真珠湾攻撃の後、アメリカが第二次世界大戦に突入したことで、キーンの人生は変わりました。

軍は情報収集のために日本語の翻訳者を必死にさがしていましたが、ほとんどいませんでした。キーンは平和主義者で戦争には反対でしたが、「翻訳者」として活動することを決め、そして、戦争を終わらせたいと考えました。

日本兵の日記

キーンは日本兵の日記に注目しました。敵に発見されることを恐れて個人的な記録を持ち歩くことを許されなかった連合軍の兵士とは対照的に、日本兵は士気を高めるために日記を書くことが奨励されていました。上司に読まれる可能性が高いため、たいていは日本の戦争遂行に対する愛国心が表れるように書かれていました。

しかし、その一方で、部隊が残していった兵士の日記はキーンにまったく異なる日本人の側面を見せていました。日本軍はひどい残虐行為を犯していましたが、キーンは、戦争がおわって普通の生活に戻りたいと願う多くの兵士によって書かれた無数のページを発見したのです。

当時多くのアメリカ人が日本人に対して抱いていた激しい人種差別とは逆に、キーンはほとんどの人が気づかなかった人間性をそこに見ました。

戦争体験と終戦

キーンたち翻訳者は、戦争の恐ろしさをを痛感し、あと少しで死ぬようなことさえ経験しました。

沖縄に向かう途中、たまたまキーンの部隊が乗っていた船に、神風特攻隊がまっすぐ向かってきたことがありました。衝突の寸前、戦闘機は近くの別の船のマストにぶつかり、そのまま海にまっすぐに突っ込んでいきました。その後、上陸は計画通りに進み、彼は残りの戦争を生き延びました。 広島と長崎への原爆投下によって日本が無条件降伏した後、国と世界を再建する時が来たのです。

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「戦後、日本に戻るためキーンがしたこと」👇
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